稲荷鬼王神社について

新宿の中心に鎮座する稲荷鬼王神社は、全国で唯一「鬼王」の名をいただく神社です。
古来、「鬼」は災厄を祓う力の象徴とされてきました。当社に祀られる鬼王権現は、三柱の神々の御神徳が重なり顕れた「鬼の王」。厄除け・福授けの守り神として、江戸の昔より武士や商人、庶民に広く信仰されてきました。歴史と信仰が息づくこの地の物語を、ぜひご覧ください。

稲荷鬼王神社御祭神

【お稲荷様】

・宇賀能御魂命(新宿の厄除け稲荷) 生成発展 商売繁昌 家内安全 子孫繁栄 福招き の神様

【鬼王様 全国一社福授け】

・月夜見命  人の運勢を司りツキを与えてくれる神様

・大物主命(別名「大黒天」とも呼ばれています) 商売繁昌 心願成就 病気平癒 身体健全 縁結び の神様

・天手力男命  開運 武運長久 の神様

稲荷鬼王神社由緒

「鬼」というと私たちはとかく悪いイメージを持ちがちですが、古来、「鬼」は神であり「力」の象徴でもありました。

また、「鬼は悪慮を祓うと」いわれ、すべての災禍を祓う力があります。その為、鬼を祀ったり、鬼の名のつく社寺は全国に幾つもあります。しかし、その「鬼」の王様と同じ力を持つという意味で「鬼王」という名が付けられた社寺は全国で当社のみです。

この為、江戸時代は近在の農家の人達だけでなく、江戸から武士や商人、職人と多くの人が参拝にまいりました。現在では、地図でみると新宿区の中央にある唯一の神社としても注目を集め、全国から当社の御神徳を得ようとする方々が詣でられております。扠、この全国一社福授けの稲荷鬼王神社の由緒は次のとおりです。

古来より、大久保村の聖地とされたこの地に、承応2年(1653年)、当所の氏神として稲荷神社が建てられました。

宝暦2年(1752年)、紀州熊野より鬼王権現(月夜見命・大物主命・天手力男命)を当地の百姓 田中清右衛門が旅先での病気平癒への感謝から勧請し、天保2年(1831年)稲荷神社と合祀し、稲荷鬼王神社となりました。それ故、当社の社紋は稲荷紋と巴紋の2つがあるのです。紀州熊野において鬼王権現は現存せず、当社はそれ故、全国一社福授けの御名があります。この鬼王権現は、湿疹・腫物をはじめ諸病一切に豆腐を献納し、治るまで本人或いは代理の者が豆腐を断ち、当社で授与される「撫で守り」で患部を祈りつつ撫でれば必ず平癒するといわれ、明治15年頃まで社前の豆腐商数件が、この豆腐のみにて日々の家計を営んでいたといわれたほどでした。今日でも広く信仰されています。この信仰について江戸時代の『新編武蔵風土記』だけでなく、時代は下って文豪 永井荷風も書き記しております。なお、当社では『鬼王様』の御名にちなみ、節分においては鬼を春の神として『福は内、鬼は内』を唱えます。

【追記】明治時代に旧大久保村に散在していた、火の神である火産霊神の祠や、盗難除けの神などの大久保村の土俗の神々が合祀されました。大祭は9月18日で、神輿はその前後の日曜・祝日に出御します。この宮神輿は鬼面の彫られた珍しいお神輿です。

【追記】江戸時代に既に特異な『鬼王』という名の神社を勧請するのに地元に抵抗感が無かったのは、この土地が~文書では残っていませんが~平将門公(幼名 鬼王丸)に所縁があったのではないかとも言われています。

【追記】社格 明治7(1874)年4月3日 村社 
       明治40(1907)年5月4日 神饌幣帛料供進神社

境内神社

三島神社 御祭神名  別名 開運恵比寿

文化年間に松平出雲守邸内より出現した神像で御後室の居間に安置してあったものを、松平氏より松平家の祈願所である二尊院(東大久保)に奉納されました。当時、大久保村の社寺の多くを、代々稲荷鬼王神社社家大久保家が神職或いは別当職として守っており、この二尊院も大久保家が代々別当職を兼ねておりました。しかし、嘉永6年10月に同院が火災にあい、当時の別当大久保家12世政光が、その恵比寿神を大久保家に還し、大久保家14世義道が稲荷鬼王神社境内に奉斎し、今日に至っています。

この恵比寿神は、昭和の初期に新宿山の手七福神の一つに数えられ、現在も七福神巡りで賑わっております。10月19日(宵宮)・10月20日(大祭)は新宿ゑびす祭として境内で金運がつく縁起物の「べったら店」が出店されます。

【御神徳】 開運 商売繁昌 豊漁 人招き

【御神徳歌】「うみ山の数の宝の大久保の恵比寿大神守り給えや」

【その他】 参道にある『かえる石』(向かって右、手水(水琴窟)の反対側)に水をかけ、恵比寿様にお参り後、『かえる石』をさすると、金運がかえる、良き縁がかえる、という信仰があります。

浅間神社 御祭神名  別名 西大久保の厄除け富士 ともいわれています。

新宿区地域文化財

古より当地にあった浅間神社は、明治27年、稲荷鬼王神社に合祀され、昭和5年に西大久保の厄除け富士として復興されることになり、霊峰不二の石をはじめ全国から銘石をとりよせ建立されました。そのつくりは境内の自然地を利用せず、全てとりよせた石で造り上げた為、非常に特色のある浅間神社(富士山)でした。
しかし、戦中、帝都空襲の為、石の基盤がゆるまり、縮小・移動を繰り返した結果、現在の形に落ち着きました。1合目から4合目・5合目から頂上までと参道を挟んで2つに分かれた形になることによって、参道そのものが富士の胎内に通ずる道となっております。この参道から頂上の社をお参りすることは、霊峰富士山に籠ってお参りするのと同じご利益がございます。

境内特殊建造物

【水盥台石について(表鳥居左側)通称 力様(りきさま)】

新宿区指定有形文化財

鬼形のこの水盥石は、相撲の力士が四股を踏んで病や苦しみを人に与える邪気を追い払っている姿です。伝説は次の通り。

『伝へ云う。この盥石 もと加賀美某の庭内なる池汀にあり。文政3年の頃その処を更へした奇異を現わし、連夜庭内にて水浴の音を発す。加賀美某大いに怪しみ一夜家宝の名刀を抜いて、これを斫れり。その後奇変熄みたるも家人病災頻りなるより、恐怖の念を生じ、天保4年、盥石斬りたる宝刀(鬼切丸と稱す)と共に盥石を当社に寄進せりという。今も鬼形の肩辺りに刀痕あり。賽者盥水をこれに注ぐと熱病又子供の夜泣き等は忽に平癒すると云い伝えられ、今に至るも信者頗る多し。因みに鬼切丸は翌天保5年盗み去られて今その所在地を知らずとぞ。』

【稲荷鬼王神社霊泉について】

古来よりこの地に湧くこの霊泉を、昭和3年に作られた井戸(水盥石の隣)は現在も絶えることなく汲み上げています。

【社殿正面の狛犬について】

当社には狛犬が2種類あります。明治35年につくられた狛犬は、全国でも非常に珍しい型をしています。向かって右の阿像は、親子の情愛を表しています。なにより特色があるのは向かって左の吽像で、子獅子がしっかりと玉を咥えてつかまえています。その為、その玉を吽[うん]の獅子の玉という事から、運を与えてくれる玉といわれ、また、子獅子がしっかりと持っていることから、子孫に福徳を与える玉ともいわれています。

泰平寺について

江戸時代、神仏習合の時代に稲荷鬼王神社では当山脈修験青山鳳閣寺の末寺で、不動明王を祀る三宝山大乗院泰平寺というお寺があり、代々稲荷鬼王神社社家である大久保家にて奉仕していましたが明治の初め還俗して廃寺となりました。

大久保家について

当社社家大久保家は新宿の有数の古い社家であり、昔大久保村といわれた地域の神社やお寺の多くは、大久保家が代々神職や別当職として奉仕していました。この大久保村の「大久保」という字は、本来大きい窪地という意であったのが、当社家大久保家の名をとったという伝承があります。江戸時代、内藤家(内藤新宿の領主)の信任も厚く、病気平癒等、祈祷を行ったと伝えられております。

年中行事

◇ 1月 お正月

1月1日から3日まで、ご家族での願い事が1つかなえられるご祈祷符を1枚さし上げています。このご祈祷符は、御神札や授与品等と一緒の場所に置くと御神札や授与品等の御利益がより高まります。

◇ 2月 節分

当社は前述したように鬼を祀っているわけではありませんが、全国に一社しかない『鬼の王様』を意味する貴いお名前である『鬼王様』のお名前に因み、節分時に『福は内、鬼は内』と唱えます。なお、この場合の『鬼』は昔から『春の神様』といわれ、『福よ来い 春よ来い』という意味だといわれています。

◇4月 鎮花祭(はなしずめのまつり)

春、桜の散る頃に疫病が流行ることから、それを防ぐよう、昔から行われてきた祭です。祭は非公開ですが鎮花祭に因んで4月18日から四月末頃まで境内に宮司家が育てた多数のさくら草が展示されます。

◇ 9月18日 大祭

その前後の土日に縁日および神輿渡御。当社の大人神輿は宮神輿で、周囲に除災招福の鬼面の彫られた全国でも珍しい宮神輿。

◇ 10月20日 恵比寿祭(19日から宵宮)

◇12月13日 すすはらひ

◇ 6月30日 12月31日 大祓い

特殊授与品

【撫で守り】

病気平癒の祈願で『豆腐断ち』をされる人のみ授与されるお守り。社頭での展示はありません。

【鬼王土鈴】 

可愛い鬼の子の土鈴です。赤・青2種類とも魔よけ、厄除け、心願成就のご利益鬼の子の金棒は貴方の願いをかなえる金棒ですが、貴方の怠け心もたたきます

【清め布】 

清め布です

【全国に一社しかない稲荷鬼王神社の御神札とお守り】

家運隆盛・商売繁昌・除災招福・厄除け・禍事祓い・身体健全・病気平癒・心願成就・勝機呼び込み・縁結び・交通安全・旅先安全と多岐にわたる御神徳のある御神札とお守り。お正月三が日のみにお渡しするご祈祷符を一緒に置きますと、よりご利益を得ることができます。

【福寄せゑびす】

福を寄せ、良き運を運ぶ恵比寿様の授与品です。恵比寿様の縁起物で、1年を通して授与されますが、1月か10月19日・20日の恵比寿祭、或いはご自身の誕生日の月にお求めになると、より福を招き寄せるといわれています。

【加富良矢】 

『破魔矢』ではなく、当社では御神力の強い稲荷鬼王神社の御名と開運・商売繁昌の恵比寿神社の御名を戴いた『富を加える良き矢』として授与されます。

【干支の縁起物】

他の寺社のように、ただ干支の縁起物をおわけするのではなく、当社に江戸時代から伝わる干支それぞれの御神徳をご祈祷し、授与しております。干支の縁起物だけでなくお正月の授与品にはすべて干支祈願が掛けられています。当社に伝わるその年の干支の御神徳や説明は神社境内の掲示板をご覧ください。